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葬儀コラム

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忌日法要・年忌法要とは?初七日や四十九日・一周忌など追善供養のための仏事について解説

葬儀を無事に済ませたのちも、大切な方のご供養は続きますが、中でも節目ごとの法要は追善供養のための大切な儀式となります。
とはいえ、法要を営む理由や目的、それぞれの法要がもつ意味などについて、詳しくご存じの方は少ないようです。

そこで今回は、忌日法要や年忌法要といった仏事について、詳しく解説いたします。
1つひとつの仏事について、意義をしっかりと理解しておけば、ご供養の気持ちもより深まるかと思いますので、ぜひ最後までご覧ください。

そもそも法要とは?

法事

法要は、追善供養(ついぜんくよう)のための重要な仏教儀式で、営まれる時期によって、忌日(きじつ・きにち)法要と年忌法要(ねんきほうよう)の2つに分けられます。
故人様の死を悼み、その霊を慰めるための行事であるとともに、遺されたご家族が大切な身内の死を受け止め、前を向いて生きていくための節目ともなります。

追善供養(ついぜんくよう)とは?

追善供養(ついぜんくよう)とは、現世に生きるご遺族様が、故人様に成り代わって善行を積むことです。
その功徳は故人様に回し向けられ、その仏道修行を後押しする力となるといわれており、追善回向(ついぜんえこう)とも呼ばれます。

仏教には、ひとたび命を得たものは生死を繰り返すという「輪廻転生(りんねてんしょう)」の教えがあり、亡くなった人の魂は六道(りくどう)のいずれかに生まれ変わると考えられています。

地獄道(じごくどう)最も苦しい世界で、極度の苦しみと苦痛が待つ
罪を犯した者がここに堕ち、さまざまな拷問を受ける
地獄には八大地獄があり、暑さや寒さで苦しむ熱地獄や寒地獄など、それぞれに異なる種類の苦しみが待ち受ける
餓鬼道(がきどう)永遠に飢えと渇きに苦しむ世界
常に食べ物や飲み物を求めているが、どんなに食べ物を口に運んでも火や糞尿に変わるなど、口にできない苦しみを味わう
畜生道(ちくしょうどう)動物として生まれ変わる世界
獲物を捕らえる捕食者や、捕食される被捕食者などとして、弱肉強食の世界で苦しみを経験する
動物としての本能に支配され、理性を持たない存在として生きることになる
修羅道(しゅらどう)戦いや争いに満ちた世界
絶えず戦いを繰り返し、怒りや嫉妬によって支配される
永遠に戦い続ける苦しみが待つ
人間道(にんげんどう)現在生きている人間の世界
六道の中で最も修行に適した世界とされており、幸福と不幸の両方が存在し、悟りを開くための努力ができる
善行と悪行の結果が入り混じり、様々な経験を通して成長できる機会がある
天道(てんどう)天人(てんにん)が住まう天上界で、六道の中でもっとも幸福な世界
楽しみと快楽に満ちており、長寿を享受するが、永遠に続くわけではない
善行の結果が尽きると、再び他の道に転生することとなる

どの世界に生まれ変わるかは、亡くなってから7日ごとに7回おこなわれる、7尊の仏様による裁きによって決まると考えられています。
転生先は、基本的に生前の行いによって判断されるものの、ご遺族様が積んだ功徳を故人様に回し向けることで、より良い世界に生まれ変わってほしいと願うのが、追善供養の考え方です。

法要を営むことはもちろん、以下のような日常的な行いでも、追善供養のために功徳を積むことができます。

  • お盆やお彼岸のお墓参り
  • お仏壇に向かって仏様を礼拝する
  • 故人様を偲び、冥福を祈る
  • ご先祖様や故人様へのお供え
  • 菩提寺への奉仕(掃除や行事の手伝いなど)

こうした行いは、故人様をご供養するだけでなく、巡り巡って自身の徳を高めるともいわれています。

法事と法要の違い

前述したように、法要は追善供養のための宗教儀式で、僧侶による読経や参列者による焼香などがおこなわれます。
法事は、法要からお墓参り、法要後の会食までを含めた、仏教行事における一連の流れを指す言葉です。

法事における会食は単なる食事ではなく、故人様の思い出などを語り合いながら食事を共にする、ご供養のための仏教行事の1つです。
法事に参列した際に会食に招かれた場合は、できるだけ参加することをおすすめします。

忌日(きじつ・きにち)法要

仏教では、亡くなってから四十九日忌までの期間に、生前の行いについて仏様の裁きを7日ごとに7回にわたって受け、生まれ変わり先が決まるとされています。
ご遺族様は、追善供養のための法要を営み、故人様がより良い場所に生まれ変われるよう願います。

四十九日忌までの期間に、仏様の裁きの日に合わせて7日ごとに7回にわたって営まれるのが「忌日(きじつ・きにち)法要」です。
仏教では亡くなった日のことを「忌日(きじつ・きにち)」と呼び、忌日を基準にして節目ごとに営まれる法要であることから「忌日法要」と呼ばれているようです。

法要の種類法要を行う時期裁きをおこなう仏様(十王)
初七日(しょなのか)忌日から7日目不動明王(泰広王)
二七日(ふたなのか)忌日から14日目釈迦如来(初江王)
三七日(みなのか)忌日から21日目文殊菩薩(宋帝王)
四七日(よなぬか)忌日から28日目普賢菩薩(五官王)
五七日(いつなのか)忌日から35日目地蔵菩薩(閻魔王)
六七日(むなのか)忌日から42日目弥勒菩薩(変成王)
七七日(しちしちにち)忌日から49日目薬師如来(泰山王)
百カ日(ひゃっかにち)忌日から100日目観音菩薩(平等王)

かつては7日ごとに親族が集まり、上記すべての法要を営むのがしきたりとなっていました。
しかし現在では、親族がたびたび集まるのも難しいため、初七日法要と四十九日法要のみを営むケースが大半となっているようです。

初七日(しょなのか・しょなぬか)

初七日法要は、故人様が亡くなってから最初に営まれる忌日法要で、生前におこなった折衝について、不動明王(泰広王)により裁かれます。
死後7日目は三途の川のほとりにたどり着く頃とされていますが、三途の川を渡る際に、急流・緩流・橋のいずれを通るかが、初七日の裁きによって決まるといわれています。

本来は亡くなってから7日目に営まれる初七日法要ですが、多忙な方も多い現在では、葬儀当日に前倒しでおこなう「繰上げ初七日」が多くなっているようです。

五七日(いつなのか)

死後35日目にあたる五七日(いつなのか)は、二七日(ふたなのか)から四七日(よなぬか)までの裁きで判明した事柄をもとに、地蔵菩薩(閻魔王)が生まれ変わり先を決める日とされます。
現在では省略されることも多い五七日法要ですが、この日をもって忌明けとする地域もあります。

七七日(しちしちにち)

死後49日目にあたる七七日(しちしちにち)は、一般的に四十九日(しじゅうくにち)とも呼ばれています。
薬師如来(泰山王)により転生先についての最終判断が下される重要な日にあたることから、四十九日の法要を盛大に営むのが通例となっています。

四十九日法要を済ませると、ご遺族様は忌明けを迎え、通常の生活に戻ります。
このタイミングで、ご遺骨をお墓に納骨したり、白木位牌を本位牌に入れ替えたりするケースが多くなっています。

百箇日(ひゃっかにち)

死後100日目にあたる百箇日(ひゃっかにち)は、卒哭忌(そっこくき)や出苦忌(しゅっくき)とも呼ばれ、ご遺族様が大切な方を失った悲しみに区切りをつける節目の日とされています。
七七日(四十九日)に良い結果が得られなかった場合も、ご遺族様の追善供養により、百箇日には観音菩薩(平等王)の裁きを受けなおすことができるともいわれています。

年忌(ねんき)法要

忌が明けたのち、節目となる年の祥月命日(しょうつきめいにち)に営まれるのが「年忌(ねんき)法要」です。
年忌法要は、定められた年の祥月命日当日に営むのが本来ですが、親族などの都合が合わない場合は、前倒しでおこないます。

一周忌

亡くなった翌年の祥月命日に営まれる「一周忌」は、忌が明けてから最初におこなわれる年忌法要です。

三回忌

死後2年目の祥月命日に営まれるのが三回忌法要です。
前述したように、仏教では亡くなった日のことを「忌日」とあらわしますが、数え年と同様に亡くなった日が一回忌となるため、三回忌は3年後ではなく2年後の祥月命日に執り行われます。

七回忌

七回忌は、死後6年目の祥月命日に営まれる年忌法要です。
三回忌までは、故人様と生前にご縁のあった方を広くお招きして、盛大に営むことも多いですが、七回忌以降はご遺族様やご親族様だけが参列するケースが多くなります。

また七回忌以降は、十三回忌・十七回忌といった具合に、三・七の付く年を中心とした節目ごとに年忌法要を営むのが一般的です。

三十三回忌

三十三回忌は、死後32年目の祥月命日に営まれる年忌法要です。
年忌法要は五十回忌・百回と続きますが、近年では三十三回忌をもって弔い上げ(とむらいあげ)とするケースが多いようです。
*弔い上げ
故人様の魂が極楽浄土に往生したこととし、以降はご先祖様の一員として弔うようにすること。

おわりに

本記事では、故人様をご供養するための重要な儀式である法要について、忌日法要や年忌法要を中心に詳しく解説しました。
法要を節目ごとに営む理由や意義を理解しておくことで、より厳粛な気持ちで法事に臨んでいただけるかと存じます。

死後7日ごとに営まれる忌日法要は、故人様をご供養するための宗教儀式であると同時に、周囲の方が7日ごとに集まることで、気落ちしたご遺族様を定期的に励まし、支えるための慣習だったという説もあります。
現在では、親族が一堂に会する機会も少なくなりつつありますので、せめて冠婚葬祭にまつわる行事だけは大切にしたいものです。